残-ZAN- 第二夜 三つの思惑 | ||
4.夜明け前 明けない夜はないと誰かが言っていた。 どんなに追い詰められようが、どんなにどん底に叩き落されようが、必ずどこかに打開策はあるものだと。 使い古されたその文句に一体どれだけの人が助けられたのかは知らないが、私にはあまり意味の無い言葉のような気がした。 私は自らその“夜”に飛び込もうとしているのだから。 「いいじゃん」 「ダメだ」 「なんで? いいじゃん」 「だからダメだ」 「いいじゃん」 「ダメだ」 さっきからずっとこの繰り返し。 最初は他人事のように楽しんでいたが、何度も繰り返されるものだからさすがに飽きてきて、私は人知れず欠伸を繰り返した。 それでもまだやり取りは続く。 「“ドール”は良くてヒューマンはダメなのかよ」 「そういう問題じゃねぇだろ」 はぁ、と溜め息を吐いたロイズハルトの身体が深く背もたれに沈んだ。 ここは居城の上層部にあるロイズハルトの私室。 ロイズハルトとデューンヴァイスと私。 三人で丸いテーブルを囲んで腰掛けていた。 私の“ワガママ”をロイズハルトに承認してもらう為に。 三者会議が終結してからすでに数日が経過していたが、私と神父は未だシードの居城に居座り続けていた。 名目としては盟約締結後、ヴァンパイアが本当にその決まりを遂行してくれるのかどうか監視する為、としているが実際は、エリーゼを捜したいから私をここに置いてくれるまで帰らないよ、という私の作戦なのだ。 私をこの居城に連れて来る時には渋ったくせに、居城に留まりたいと打ち明けた時はあっさりと了承した神父には驚いたが。 どちらにせよ神父の了解が出たのだから、彼の気が変わらない内に城の主達を説得しなければならないと私は奔走した。 となればまずはハードルの低そうなところから攻めるのが得策。 という事で真っ先にデューンヴァイスに白羽の矢を立てた。 だが広い城内で何処にあるかも分からない彼らの部屋を探すのは、非常に骨の折れる作業だった。 三者会議の後、唯一の頼みの綱だったリーディアはシードの使いとしてどこかへ出掛けてしまうし、神父も彼らの私室までは知らないと言うし。 何日も迷路のような城内を歩き回っても、何故か上層部への階段だけは発見出来なかった。 だが見つかる時なんて脱力するほどあっさり見つかるものなのだ。 一体この居城はどんな構造になっているんだろうと再確認の為庭園に出たところで、窓辺からこちらに向かって手を振るデューンヴァイスを見つけたのだ。 慌てて再び居城内へ舞い戻って、彼の元まで駆けて行って、そして驚いた。 「よー、エル。お前この城で暮らさねぇ?」 息も整わない内に、なんと彼の方から居城に留まらないかとの打診を受けたのだ。 ハードル云々以前の問題だったのだと逆に呆気にとられもした。 だが、これはチャンスともちろん快諾したから、今この部屋にいるのだ。 が、ロイズハルトは頑なに拒否するだけで、なかなか承諾させるには時間が掛かりそうだった。 理由は無く、ただ「ダメだ」の一点張り。 シードの城に人間がいたら何か不味い事でもあるのかと疑いたくなるほどだ。 「共存の盟約を実行するなら、やっぱお互いに分かり合わないと! な、エルフェリス」 ウィンクで目配せするデューンヴァイスに合わせて、私は壊れた人形のように何度も何度も頷く。 「そうそう! それにドールと言えども人間だし! 一度ドールの実態を調査してみたかったというか……。ね!!」 「そうそうそうそう!」 それから心にも無い言葉をとりあえず並べて、デューンヴァイスに頷かせる。 この作戦を繰り返せば、いかにロイズハルトといえどもいずれは折れるだろうと踏んでいた。 が。 こちらのハードルは高すぎた。 しばらく粘ってはみたものの、長い根気勝負で完全にロイズハルトに完敗した私とデューンヴァイスはリベンジの策を練りつつ、城内の回廊を当ても無く歩いていた。 ヴァンパイアが活動すべき夜であるというのにやたらと静かで、並んで歩く私達の足音だけが鮮明に耳に響く。 デューンヴァイスはもうずっと押し黙ったまま何か自分の考えに浸り込んでいるようだった。 細く白い指先を唇に当て、時折目線はどこかを彷徨っている。 私の存在をすっかり忘れてしまっているのだろうか。 それならそれで一向に構わなかったのだが、私はどうしても彼に聞いておきたい事があった事を思い出す。 「どうして私をここに置きたいの?」 ふいに立ち止まってそう声をかけた。 するとデューンヴァイスも少し進んだところで足を止め、ゆっくりとこちらを振り返る。 そこにいつもの彼の軽さは無い。 「お前に興味があるから」 そして躊躇うことなくそう言ったのだ。 私に、興味がある……? 「どういう意味?」 「そのまんま」 少年のように悪戯っぽく笑いながら、回廊のバルコニーへと出るデューンヴァイス。 そしてその柵にもたれながら、僅かに欠け始めた月を見上げた。 「お前は? お前は何でここに残ろうとする? シードに囲まれるって事がどういう事か、お前も司祭も分かってるんだろ?」 月に照らされて一層輝くセピアゴールドの瞳が私に向けられる。 その顔は先ほどまでの彼のそれとは違って、闇に生きるヴァンパイアの顔をしていた。 夜空に浮き上がるような白い肌に、口元から覗く白い牙。 冷たいものが私の背筋を伝って溶けていった。 「……人を捜しているの」 「人?」 「そう。何年も前にヴァンプに魅せられて消えた知り合いをね。……生きているのか死んでいるのか、それだけでもいいから知りたいの」 「ふーん」 私の話をじっと聞いていたデューンヴァイスであったが、彼もまた私の期待を潰す様な非情な一言を投げかけてくれる。 「ヴァンプといってもいっぱいいるからなぁ……。不可能に近いぜ? わざわざ危険を冒してまですることなのか?」 「……うん」 「どうして?」 目の前で首を傾げるヴァンパイアは私の身を案じてくれているのだろうか。 私にここに残れと誘っておきながら矛盾しているようにも思ったが、垣間見えたデューンヴァイスの優しさにふと笑みが零れる。 不可能に近いのは初めから百も承知だ。 だが全く手掛かりが無いわけではないのだ。 エリーゼが追って行ったのはただのヴァンパイアではない。 「シードに会ったって言ってたの」 限りなく美しくて限りなく誇り高いシードに。 「シード?」 「そう。デューン知らない? エリーゼって言う娘」 どさくさに紛れてデューンヴァイスに尋ねる。 だが敢えてエリーゼが私の実姉だという事は伏せた。 そんなのは今は不必要な情報だから。 「エリーゼ……エリーゼねぇ……」 自分のたてがみを軽く撫でながら、何度かその名を繰り返し呟いたデューンヴァイスだったが、彼もまたエリーゼの行方は知らなかったようだ。 その首がゆっくりと横に振られると同時に私は僅かに肩を落とした。 また一人、手掛かりから遠ざかってしまったと思って。 「珍しい名前じゃねぇし、生憎俺は決まったヤツからしか血を分けてもらってないんだ。こう見えても人見知りでね」 そんな訳は無いだろうと突っ込む前に、私は思わず吹き出していた。 姉の情報を得られなかった事は残念だったが、デューンヴァイスが手当たり次第な吸血行為をしない人物だと知ることが出来て、なんだかホッとしていたのだ。 私達人間が思っているよりも、案外シードは常識的な生き物なのではないかと……。 「決まったヤツってドールでしょ?」 「俺はドールは持たない主義でね」 妖しく笑う彼を薄れかけた月が照らす。 「さて、もうすぐ夜明けだ。ヴァンプはさっさと退散するとしよう」 白んだ空に背を向けて、デューンヴァイスは一言「じゃあ、またな」と言い残して、日の差し込まない城内へと消えて行った。 一人取り残された私は彼の後姿を見送った後、再びバルコニーへ出てそこで夜明けを迎えた。 ここから見上げる太陽は不思議と少しだけ霞んで見えた。 それからのんびり部屋へと戻り、ふかふかのベッドに身を沈めて眠りに就く。 また“明日”を無事に迎えられる事を祈りながら。 目を閉じる直前に神父の姿がない事に気付いたが、大方どこかその辺りを散歩でもしているのだろう。 そう思って私はつかの間の眠りへと落ちて行った。 next→ 残-ZAN- top へ |