残-ZAN-  第二夜 三つの思惑 



2.三人のシード




時が止まるようだ。
という表現を今使わずしていつ使うのだろう。
私は今、そんな心境にあった。
呼吸を忘れた身体。
苦しいはずなのに平気だ。
酸素を失っても、きっと気付かずに生き続けるのだろう。

そんな衝撃。

「エル……エルフェリス!!」

名を呼ばれてはっと我に返った。
その途端にモノクロームで覆われていた視界に色が戻る。
深紅のクロスに白い薔薇。
そして目の前に並んで私を見ている六つの瞳。
濁りのない澄んだ三つの色がじっとこちらを見つめていた。

「ご挨拶を、エル」

神父にそう促されて、会議がすでに始まっていたのだと悟る。
私は慌てて立ち上がり挨拶をしたが、少しの動揺が言葉として出てしまった為に、向かって右側に座っていたシードの一人に笑われてしまった。

「いいねぇ、今回は初っ端から重くなくって。随分面白い娘連れて来たじゃん、ゲイル司祭」

親しげに神父に話しかけたそのシードは、一般的に線が細いと言われるヴァンパイアの中では珍しくしっかりとした体つきをしていた。
たてがみの様な髪型や服装も、どちらかと言えば型破りなワイルド系とでも言えばいいのだろうか。
血の通わない魔性の生き物ながら、その男からは人間さえも超越するほどの生命力を感じた。

が。

「白いわね」
「あぁっ?!」

ついうっかりと声に出してしまうほどの白さ。
雪の様な、白磁の様な、なんて比喩(ひゆ)も必要のないほどの白肌。
そう、敢えて例えるならば目の前の白い薔薇、といったところか。
言われた本人としては面白くなさそうだったが。
深いセピアゴールドの瞳がやけに印象強く感じた。

「くす。言われちゃったねデューン」

かたやこちらは向かって左側、まだあどけなさの残る顔で少年がくすくすと笑った。
見た感じ私と同じくらいの年頃だろうか。
それでも果たして本当の年齢はどれほどのものなのか見当も付かないが。
角度によって微妙に色を変えるアイスブルーの瞳がキラキラ綺麗でしばし時を忘れた。

「僕はレイフィール。アイツはデューンヴァイス。失礼なのは生まれつきだからあんま気にしないで」

レイフィールと名乗ったその少年は、綺麗な瞳を悪戯っぽく細めてにっこりと微笑んだ。
何気に毒舌だが……可愛い。
ニコニコでキラキラ。
やたらと生き生きとしていて、こちらはあまりヴァンパイアだという印象を受けない。
デューンヴァイスと呼ばれた色白も少年の挑発に烈火の如く怒り狂っていて、それはそれで人間臭かったが。

なんだかここへ来てからずっと調子を狂わされっ放しの気がして、どうも変だ。
けれど真ん中に座った男……この男だけは他のヴァンパイアとは違うと瞬時に悟った。
真っ直ぐ相手を射抜くようなダークアメジストの瞳は、気を抜けば一瞬にして吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
三人のシードの中で最も目を惹いたのもこの男だ。
その目に抵抗しようとすればするほど、見えない何かに心臓を押し潰されそうになって苦しくなる。
冷たい冷たい氷の様な瞳に。

その男はじっと私を見つめていたが、一度ゆっくりと瞬きをするとこの場に集った一同を見回して、三者会議の始まりを高らかに宣言した。

「私はロイズハルト。リーゼン=ゲイル司祭、そしてエルフェリス。遠いところをわざわざご足労いただき申し訳なく」

若々しくも威厳のある声が広間に響き渡り、私の心は何故か異常なほどざわついた。
ダークアメジストの瞳。
白い薔薇。

麻薬のような甘い香りに気が遠くなりそうだった。




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