残-ZAN-  第二夜 三つの思惑 


第二夜 三つの思惑



1.三者会議の幕開け




いつの日からかそれは“三者会議”と呼ばれるようになった。
五〜十年に一度、人間(ヒューマン)・シードヴァンパイア・ハイブリッドヴァンパイアの主導者が一同に会し、互いの共存の為に盟約を結ぶのだ。
人間側は毎回私の村の最高司祭とその後継者が出席するのが慣わしとなっていて、今回は私の親代わり・リーゼン=ゲイル司祭とこの私が出席をする事となった。

その昔、まだ人間とヴァンパイアが狩られる者と狩る者の関係でしかなかった頃。
人里でも次々に襲われ命を落とす人々の行く末を儚んだ数代前の村の神父が、単身シードの居城に乗り込み、長い年月を掛けてヴァンパイアとの間に信頼関係を築き、ついには共存の為の盟約を取り交わすという偉業を果たした事を評価されて、以降開かれるようになった三者会議には私達の教会から代表者が選ばれる事となったのだ。
もちろん盟約が結ばれたからといって、死ぬ人間、ハイブリッドとなる人間が完全に無くなったわけではない。
今でも何処かで命を落とす者は後を絶たない。
それでも明らかに減少したのは事実だ。

「あの頃はシードもたくさんいたし、ハイブリッドに対しての影響力も絶対的だったからね」

三者会議のあらましを語る時、神父はいつもそう言っていた。

今ではもう失われつつあるシードの絶対的な統率力。
デストロイらヴァンパイアハンターが数年前から一斉に行った乱獲は、数多くのシードを死に至らしめたと言う。
そしてそれは彼らの権威を著しく失墜させてしまった。

以降、ハイブリッドの中からは少数ではあるが、盟約を無視し、かつてのヴァンパイア栄光時代を取り戻そうとする一派まで生まれた。
盟約で取り決められている吸血禁猟区で人が喰い殺されたり、その報復と言わんばかりに逆にハンター達がヴァンパイアの領域内で狩りを始めたりと、盟約締結で築き上げられた秩序は忘れ去られ、事態は急速に暗転していった。

そんな中開かれる今回の会議は大荒れになるであろう事は予測済みだ。
けれど私はそんなことよりも早くこの部屋を出てシードに会いたくて仕方がなかった。
その中の誰かが姉の行方を知っているかもしれないからだ。
いつ、どの状況で殺されるか分からないと会議の参加を嫌う聖職者も多いが、自ら志願した私は自分でも驚くほどに落ち着いていた。

「ご準備はよろしいでしょうか?」

素敵な黒と赤のドレスを身に纏ったリーディアが迎えに来ても、私の心は先へ先へとはやる。
しかし私もまた用意された白のドレスで正装していた為、重くて長い裾が、前へ前へと向く私を後ろへ後ろへと引っ張っているように感じた。

今ならまだ引き返せると。

見えない何かがそう言っていたのかもしれない。

「ここから先、私は一人のハイブリッドとして会議に臨まねばなりません。しかしお二方の事は全力で守りますゆえ、ご安心下さい」

そう言って微笑んだリーディアは、私と神父を先導しながら静かに大きな扉に手を掛けた。
ギィ……という軋んだ音と共に開かれた扉の向こうには、限りなく明るくて限りなく優美な空間が広がっていた。
その部屋全体が蝋燭のやわらかな光に包まれて、神々しいまでの暖かささえ感じる。
我々人間が日々暮らすあの教会ですら、ここまでの温もりは再現できないだろう。
ヴァンパイアの住まう居城であるはずなのに、ここには妙な居心地の良さがあった。

「お二方のお席はあちらとなります」

案内された先は細長いテーブルの上座。
テーブルの上には無数の燭台と庭園に咲いていた白い薔薇。
ゴールドのレースで縁取りされた深紅のテーブルクロスに薔薇の白さが良く映える。
促されるままに装飾豊かな椅子に腰掛けて、改めて室内を見回した私は思わず感嘆の溜め息を吐いた。
見上げた天井一面が一枚の絵画となっていたのだ。
その絵も限りなく優雅で優美。
幼い頃、神父に連れられて訪れた芸術高いと評判だったどこかの王宮も霞んでしまうほどに素晴らしかった。

「びっくりしただろ? エルフェリス」

だから神父が楽しそうな顔をしてこちらを見ていたことにさえ気付かなかった。
感動だ。
驚きを通り越して感動。
この瞳から脳へと伝わる情報器官がおかしくなってしまったのではないかと疑いたくなってしまうほどに。

「私も初めてここへ来た時はそうだった。そうやって言葉にならない驚きに戸惑ったものだ」

ぐるりと辺りを見回して神父がそう言う。
彼の言う通り、今の気持ちをうまく言葉に出来ない私はただ、黙って頷く事しか出来なかった。

――シードヴァンパイア。
闇に属していながら、これほどまでに美しい世界を造り上げる生き物。
一体どんな人達なのだろう。
私の彼らに対する期待は否が応にも膨らむばかりだ。

誰か止めて。
闇に惹き込まれてしまう。

複雑に絡み合う感情が、私の中で暴れだして止まらなかった。



しばらくすると、物々しい足音と共にこの広間の扉を開ける者がいた。
透ける様な白肌に青い瞳、片目は真っ赤に染まっている。
人形のような美しい顔を不機嫌そうに歪めたその男は、一通りその場にいた者を見回すと、恐らくは彼の為に用意されたのであろう端の席に腰を下ろし、大きな溜め息の後、その目を閉じた。

「ヘヴンリーだ。ヤツが急進派を取り仕切ってるハイブリッドだ」

神父がそっと耳打ちしてくる。

ヘヴンリー?
そう言えば何度かその名は聞いたことがある。
かなり古くから生きているハイブリッドの一人で、確か片親は歴史に名を残すようなシードだったはずだ。
シードすらも凌駕するほどの抜群の人望と順応力で常に時代の最先端を生き抜いてきたと言われる男。
そんな男がよりにもよって過激派を取り仕切っているのか。
それではさぞやシードらも手を焼いているのだろう。
興味深く見つめる私の視線に気が付いたのか、ヘヴンリーはゆっくり目を開けるとこちらと向いてニヤリと笑った。
そしてまた目を閉じる。
溢れんばかりの余裕を見せ付けられたような気がした。

なるほど。
ヘヴンリーというハイブリッドはそこらのハイブリッドとは一つも二つも違うようだ。
長きを生きてきただけあって、すでにハイブリッドという枠を超えた存在になりつつあるのかもしれない。
だが、あの瞳は脅威だ。
私の勘が咄嗟にそう叫んでいた。

その時再び辺りに足音が響き渡った。
今度はどうやら複数のようだ。
ヘヴンリーもリーディアも改めて姿勢を正したところを見ると、ようやくお出ましになるらしい。
待ちに待ったシードヴァンパイア達が。
重苦しく軋んだ音を伴って開いた扉から現れたのは、黒い装束に身を包んだ三人の青年だった。





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