残-ZAN-  第一夜 招待状 



4.薔薇の居城




禍々しくて陰気、そんな空間を想像していた。
初めは。
だがすぐにそのイメージは崩される。
良い意味で。

馬車を降りてすぐ、目が覚めるほどの花の香りに包まれた。
目の前に広がるのは夜だというのに真っ白く咲き誇る無数の薔薇。
シードらの住む居城の庭園には常に一年中何かしら花が咲いていて、その可憐な姿と芳しい香りを楽しむことが出来るのだそうだ。

「レイフィール様が花をお好きなのですわ」

シードの一人の名前を挙げて、リーディアはそう説明してくれた。
夜の闇の中でも美しく目立つようにと、色素の薄い色を特に好んで育てているのだと。

古来からヴァンパイアは美しい物好き、と言われてはいたが、血生臭いはずのヴァンパイアが本当に花を好むなど思いもよらなかった。
やはり何事も一度は自分の目で確かめねばならないのだと痛感する。

それから薔薇の庭園をすり抜けて居城へと案内された私達は、そのまま仮の住まいとなる部屋へと通された。
目を見張るほどの豪華で不思議な趣のある大きな客間は、軽く一家族は暮らしていけるだろう。
何という贅沢、何という美しさ。
初めて知るヴァンパイアの世界に私は驚きと興奮を抑えられずにいた。

「三者会議は三日後の晩となっております。こちら側の都合によりご不便をお掛けしてしまいますが、どうぞご容赦下さい」

部屋や居城の説明を一通り終えて、リーディアはそう締めくくった。
彼女の言う“こちら側の都合”というのは、本来ならば私達を出迎えるべき居城の主達が現在不在である、ということなのだろう。
三者会議を前にして城を空けるなど随分と余裕があるものだと感心していたが、どうやらそうではなくて、あちらにはあちら側の苦労と言うものがあるらしい。
神父はその苦労と言うものを知ってか知らずか、「気にしていない」と苦笑していた。

「シードの方々にお会い出来るのはやはり三日後になりますかな?」

ふいに神父がそう尋ねると、リーディアは当然の如く「ええ」と答えた。

「今、この城にいらっしゃるのはレイフィール様お一人ですの。他の方々は順次お戻りになりますが何か急ぎのご用でも?」
「いや、そういう訳ではないのですがね」

誤魔化すように笑って否定した神父に、リーディアは不思議そうな顔をして首を傾げる。
そして私は、普段言葉を濁すような物言いをしない神父ゆえに、先ほどの発言には何か意味があるのだと直感した。

「レイフィール様にならお会い出来ると思いますが、いかがなさいますか?」

怪訝に思ったのだろう、リーディアも気を使って改めて神父にそう聞き直したが、神父はその申し出に対してゆっくりと首を横に振った。

「今ここでシードと人間(ヒューマン)が接触を持っては、良く思わない方々もいらっしゃるでしょう。在らぬ誤解はこちらとしても不本意。ここはやはり会議の日まではゆっくりと過ごさせて頂きますよ」
「……左様でございますか。では私はこれで。向かいの部屋に居りますゆえ、何かありましたら何なりとお申し付け下さい」

リーディアはそう言うと私達に向けて恭しく一礼し、私ににっこりと微笑んで、静かに部屋を去って行った。



「……本当にいいの?」

それからたっぷり間を置いてから、くつろぎの体勢に入りかけた神父に改めて問う。
すると神父は私の顔をじっと見つめた後、いつものように優しい笑顔を見せた。

「いいのだよ。ただ旧知である彼らに挨拶をと思っただけ。そんなに気にすることじゃない」
「へえ……」

顔はにっこりと笑っていたが、その時何故か神父は私と目を合わせようとはしなかった。
神父は一体何を隠しているのだろう。

だがそれ以後も神父の様子はこれといって変わりはなく、予定通り三日後の晩、私達はとうとう三者会議を迎える事になった。
薔薇の香りに包まれたヴァンパイアの住まう居城で。





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