残-ZAN-  第一夜 招待状 



2、シードからの招待




二日前の事だった。
月明かりも姿を消した漆黒の新月の晩、夜も深く更けた頃、人目を忍んでひっそりとこの教会を訪れる二つの影があった。
どちらも黒いマントに黒いフードを目深に被り、自らの姿を闇に溶け込ませるようにひっそりと。

「今回も良き結果で終われます事を……」

影はたった一言そう告げると、懐から一通の手紙を差し出した。
真っ赤に染められた高級そうな封筒に、黒いインクで流れるように書かれた「Invitation」の文字。
その場を遠くから傍観していた私ですらそれが何なのか一目で分かった。

あれは……。

「招待状か。ついに」

デストロイが腕組みをしてから呟く。

「そう。あれがあれば堂々とシードの居城に乗り込めるってワケ。誰に邪魔される事無くね」
「そんな簡単に行くものか。毎回こっち側の同行者は神父に次ぐ力を持った司祭って決まってんだよ! お前みたいなヒヨコが行けるわけねぇだろ」

肩をすぼめておどけて見せたデストロイは、私をバカにするように鼻で笑った。

ああ、癇に障る。

「それにシードの居城はヴァンプ領域のど真ん中だぜ? 聖職者と言えど喰われるぜ、女は」

ああ、ハンターの癖に無知な男。

「知らないの? デストロイ。あたしが白魔法使いだって事。それに今回の同行、神父も正式に認めてくれたのよ。誰にも文句は言わせないわ」

白魔法使い。
神聖魔法と言った方が分かりやすいのだろうか。
要するにヴァンパイア達闇の勢力に対して絶対的な威力を発揮する魔法が存在するのだ。
その魔法を習得した者が白魔法使いを名乗れるのだが、聖職者でない者は習得すら出来ないという非常に貴重な魔法。
また聖職者の中でも実際に習得出来るのはごく一部とされ、白魔法の使い手となった者はヴァンパイアとの抗争地域に多く派遣される。
この村もまたその地域の最前線の一つ。
この地で聖職者を目指す者は、強制的に白魔法の習得を試みなければならなかった。

そして私は運良く習得出来たと言うわけだ。

「……なるほどね。シードすら簡単に手を出せない所を利用するってワケか。だがな、エル! 早まってシードを殺したりしてくれるなよ? ヤツラは最後の一人まで俺が殺す!」

激しく燃えたぎる瞳を夜の外界へと向け、デストロイは吼えた。
硬く握り締める拳は誰の為だろう、……なんてわざわざ聞かずとも分かってはいたが。

私の瞳は冷めた色。

「シードもハイブリッドもどうでもいい。死のうが生きようがあたしには関係ない。エリーゼだけは絶対に連れ帰ってみせる」

もちろんそれも生きていたら、の話だが。
姉は今でも何処かで生きている気がする。
ならば連れ帰る。
そして姉の為に死んでいった人達の前で謝らせてやるんだ。

だが同時に、何故かヴァンパイア自体に強く惹かれる自分がいた。
未だかつてヴァンパイアと直接的な接触を取ったことが無いからなのだろうか。
ただの興味本位に過ぎないのだろうか。
よく分からない不思議な感情を処理しきれず、私自身ずっと長い間戸惑っていたのも事実だ。

「シードもハイブリッドも関係ない……か。そうだな、お前はお前のやり方でやるがいいさ。見事エリーゼを連れ帰ったなら後始末は俺が付けてやる」

ボキボキと嫌な音を立てながら拳を鳴らし、デストロイはニヤリと笑った。
やはりこの男もまだエリーゼを諦めてないのだ。
相変わらずの執着の深さに思わず苦笑してしまう。
そこまで誰かを一途に想い続けられるものか。
私には理解できない。

「で? 三者会議はいつに決まったんだ?」
「次の新月の晩に迎えが来るって言ってたわ」
「慣例だな。もちろんハイブリッドが来るんだろ?」
「当たり前でしょ? こんな時期にシードが易々と出向いてくるワケが無いわ。誰かさんみたいなハンターだって目を光らせてるでしょうしね」

皮肉をたっぷり込めた台詞と共にデストロイの表情を窺うと、彼もまた意味有り気な色を瞳に浮かべ、こちらを見つめていた。
名高きヴァンパイアハンターの眼をして。

「毎日どこかで誰かが食い殺されてる現実を見れば、俺達ハンターが狩り続けたって文句は言えねぇな。……まぁ、会議前だし自重はするがな?」
「絶滅寸前のシード相手でも?」
「もちろんだ。それこそ俺達には関係ねぇよ。シードがいなくなりゃ、これ以上人間からヴァンプになるヤツは生まれない。ハイブリッドだってやがては衰退していくだろう。そうすれば、俺達人間は人間として生きていける。何が悪い?」

何が悪い。
そう言われてしまえば、人間である私は何も言えなくなる。

白魔法使いであっても私とて人間だ。
人間の血を必須とするヴァンパイアにとっては、私もただの獲物。
一つ行動を誤れば、明日には物言わぬ骸となっているかもしれない。

「何が悪い……か」

デストロイに聞こえないように、口の中から声を漏らさないように、小さく小さく呟いて哂った。

シードヴァンパイア。
そう。
それは吸血した相手をヴァンパイアに変える特殊能力を持った魔物。
人間と同時に生まれ、人間を喰らい、絶えず人間と対立しながらそれでも生き長らえてきた古代の生き物。
彼らによってその身を変えられたヴァンパイアはハイブリッドと呼ばれ、彼らを蔑む表現として劣化種などという言葉もしばしば聞かれる。
ハイブリッドは総じて人間をヴァンパイアに変える能力を持たないからだ。
シードの絶対的な条件であるその能力を持たない彼らは、どうあがいてもシードにはなれない。
永遠の命と吸血行為、という点だけは共通しているのだが。

「シードがいなくなった後の世界は……どうなるのかしらね?」
「……さぁな」

ハイブリッドはこれからいくらでも数を増やせる。
子孫を残せばいいのだ。
だが一方のシードは両親共にシードでなくてはならない。
どちらかがシードであっても、片方がハイブリッドでは生まれる子はハイブリッドだ。
シードが絶滅への道を歩まねばならないのも、ハンターの存在以前にそこに要因があるのだろう。
ただでさえ数が激減したと言われるのに、最近では女のシードはすでに死に絶えたとの説が有力視されている。

今、ここに生きている全ての者達が、大きな分岐点に立たされているのかもしれない。

「後のことは、シードが本当に死滅してから考えればいい。今は……シードを殺し尽くす策を考える方が先決だね。あれだけ狩ってもエリーゼを知るシードには出会わなかった。全部狩り切るまで……俺はエリーゼを諦めないッ!」
「……アンタもしつこいね」

もう本当に苦笑するしかない。
けれど、こんな私よりもデストロイの方がよっぽど人間らしいのかもしれない。
そう思うのだ。

そんな私には目もくれず、デストロイはもたれかかっていた壁から背を浮かせ腕組みを解くと、開かれたドアから一歩踏み出し、飽きもせず雨を降らせ続ける空を仰いだ。
冷たい雨はすぐさまデストロイの身体を濡らし、吸収しきれなくなった水滴が次から次へと衣服から零れ落ちた。

雨に濡れていく。

「とにかく健闘を祈ってるぜ、エルフェリス」

たった一言そう言って私に背を向けたデストロイは、激しい雨の中、地面に溜まった雨水を撥ね上げながら、ゆっくりとふもとの村へ消えて行った。



雨に濡れていく。
雨に濡れていく。


――泣いているんだ。


あの男。
この雨のようにずっと。
心の中で激しく泣き続けているんだ。

そう思った。





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